中小企業の両利き経営

脱皮できな蛇は死ね

両利き経営の冒頭はこの言葉で始まる。この書が出版された20年3月は偶然にもコロナ禍が発生した時期にあたる。コロナ禍であぶり出されたニッポンの後進性。大企業病を打破する「攻めと守りの経営」とあるが大企業に限らず腑に落ちる内容を随所に日本企業の事例を交えて紹介されている。賃金、生産性等々まったなしの変革が大企業も中小企業も迫られている。

脱皮できない蛇は死ぬ・・・変化に適応できない成熟企業は、遅かれ早けれ、新興企業からの破壊的イノベーションによる挑戦を受けて駆逐されることになるだろう。

 ここ数年の経営者との対話の中で、ある実感を抱いていることがある。既存事業を守りながら、いかに次の成長を見つけだすのか。いま数多くの経営者がこの課題に直面し、企業の生き残りをかけてもがいている。

 現在の経営環境は、100年に一度の大変革期にあると言われる。デジタル技術を核とした新興勢力 による創造的破壊が進行する一方で、成熟した企業の変化への対応は遅々として進まない。もはや高度に複雑化した経営環境にあっては、大企業のトップといえども先を見通すことは容易でない。先を見通せないのであれば、変化の流れに分け入って、自社独自のやり方を試しながら進むしかない。

 しかし、成熟した企業では、新しいことを試すこと自体がなかなかできない。高度に効率化されてきた大組織は、失敗が許されない組織になっている。その結果、経営陣は「下が主体的に動かないから始まらない」と嘆き、中堅・若手は「トップが判断しないと何も始まらない」とぼやく。多くの企業幹部の声は、「新規事業がうまくいかない」「なかなか新しいことが始められない」「変わりたいのに変われない」という切実な悩みに遭遇する。

価値観や社風という「フワッと」したものではない

成熟企業が新たな取り組みを行うにあたって最大の壁となるのは、事業アイデアでも事業戦略でもデジタルマーケティングでもない。それらはいざとなれば外部から買ってくる事ができる。成熟企業にとっての最大の壁は、自社の「組織カルチャー」である。「組織カルチャー」とは、事業理念や価値観・社風といった、フワッとした概念のことではない。

 それは「具体的な仕事のやり方」のことである。組織カルチャーを風土や雰囲気として捉えている限り、具体的な打ち出は出てこない。

新しい事を始めるには、新しい「仕事のやり方」が必要なのだ。しかし多くの成熟企業では、当たらしいことを始めるのに古いやり方でやろうとして、失敗してしまう。つまり「既存事業が新規事業を殺してしまう」のである。

 その変化点がいつ、どこで起こるかは誰にも分からない。主力事業と社員を守りながら、過去に囚われない新たな取り組みを実行できる組織になるためには、何をしなければならないのか。守る経営をしながら攻める経営をするとは、どういうことなのか。両極のバランス・ポイント(重心)はどこにあるのか。

既存事業と新規事業ー力の配分は

これまで両利きの経営は、既存事業と新規事業の「二兎を追う」戦略論や、「知の深化」と「知の探索」によりイノベーションを生み出すという知識創造論として紹介されてきた。しかし両利き経営はそうした戦略論や知識創造論というより、本質的には組織進化論である。

 組織が進化するためには、異なる二つの組織能力が必要とされる。ひとつは「既存事業を深堀する能力」であり、もうひとつは「新規事業を探索する能力」である。両利きの経営とは、企業が長期的な生き残りを賭けて、これらを相矛盾する能力を同時に追求することのできる組織能力の獲得を目指すものだ。

 しかし「深堀」と「探索」という相矛盾する能力を同時に追求することは容易ではない。

 例えば「深堀」と「探索」を同時に追求すると、組織内では必ずトレードオフが発生する。新規事業は既存事業との重複による無駄やカニバライゼーション(共食い)、さらに不本意な失敗を伴うからだ。経営者は否応なしに「既存事業の資産と能力をどれくらい活用して、どこまで犠牲にして、新規事業に力を注力ですべきなのか?」という問いに向きあわざるえなくなる。また当然のことながら、組織内では当事者同士の間で感情的なテンション(緊張関係)やコンフリクト(対立)が発生する。例えば、既存事業側から新規事業側に対して、「俺たちが汗水たらして稼いだ利益を湯水のように使って—」という怨念の声が生まれる。

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中小企業の両利き経営

組織カルチャーとは「仕事のやり方」

両利きの経営は、単に事業ポートフォリオや経営資源配分を理屈だけで考えるだけでは到底実現できないのである。相矛盾する組織能力を形成し、さらにそれらを併存させる能力を形成するためには、何が求められるのか、もちろん、適切な組織構造とプロセスの設計が必要である。両利きの経営を実現する上でカギとなるのは、組織カルチャーのマネジメントである。

繰り返しとなるが「組織カルチャー」とは企業理念や価値観・社風といった概念のことではない。具体的な「仕事のやり方」のことである。その組織で観察される特有の「行動パターン」であり、行動を規定している「組織規範」を反映しているものだ。「仕事の作法」とも言えよう。新たな組織脳力を形成し、発揮できるようにするために、どのような組織カルチャーをマネジメントするのか、同じ組織の中で異なるカルチャーを併存させるバランス感覚こそが「両利き」の核心なのである。

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